③ 境内社の神々

 

 境内の配置図 

 

 

 

 

 

 八幡神社

 武神、豊作・漁猟の神 

 

  応神天皇 おうじんてんのう

  神宮皇后 じんぐうこうごう

 

 御祭神の応神天皇と神功皇后は、宗像大社を守護神とし崇敬 すうけい されたため、多くの八幡神社は宗像三神を合わせてお祀りしています。

 源氏が氏神としたところから武神と考えられていますが、幡 はた の名は、畑、あるいは海(海神 わだつみ)を意味するともいわれ、農作あるいは漁猟の神としても信仰されてきました。

 宗像神社では古くからお祀りしてきたため、拝殿のお賽銭箱や手水に八雲神社と並んで御神紋が入っております。

 

 

 

 

  さい 神社

 幸せの神、子ども守護神

 

  猿田彦命 さるたひこのみこと

  鹿島神 かしまのかみ

  大石麻戸神 おおいわまどのかみ  (塞坐黄戸神)さやりますよみどのかみ 

 

 どんど焼きの神さまでもあり、不幸をさえぎり (塞ぎ) 子どもを守る神さまでもあります。

 塞の神を幸の神とも呼ぶのは不幸を退け、幸を招く神という信仰からで〝塞神社〟とも表し、道祖神としても祀られています。

 

 

 

  こう 神社

 火の神、竈 かまど の神

 

  須佐之男命 すさのおのみこと

  久土不留阿岐命 くどふるあきのみこと

  今木命 いまぎのみこと

 

 荒神様は、火の神、竈 かまど 神として広く信仰されています。

 田に祀られる時は田の神であり、屋敷内では屋敷神・一族の守護神(一族の氏神)として祀られることもあります。

 また、火の明かりが夜道を照らすということから、導きの神という信仰もあります。

 

 

 稲荷 いなり 神社

 穀物・農業の神、商売繁盛の神

 

  豊受神 とようけのかみ

  宇迦御魂神 うかのみたまのかみ 

 

 お稲荷さんと呼ばれ、営業繁栄の御神徳が有名です。食物の神さまであり、田畑の稔りを司る神さまでもあります。

 豊受神は伊勢の神宮で、天照大神が祀られる内宮に対し、外宮に祀られている御神徳の高い神さまです。

 

 

 

 貴船 きふね 天満宮

 学業・出世の神、天神様

 

  菅原道真公 すがわらのみちざねこう

 

 平安時代の貴族〝菅原道真〟公は幼少期から詩歌で才をみせ学業を修めて次々と出世されました。一時期、讃岐守に就任しその時に伊予にも来られたことや、太宰府へ流される時、瀬戸内海を通られたことから、伊予には天神信仰が広くあります。

 

 庄内の貴船(五五二番地から五六四番地)に貴船天満宮が祀られ、川端、年成、小原、高木、城下、乙井、紺屋前の人たちによって毎年、貴船天神祭が斎行されています。

 その御分霊が宗像神社にも祀られ、境内社となっていることが江戸時代に西條藩が編纂した『西條誌』にも記載されています。

 

 

 

 西瀧 にしたき 神社

 国造りと治世、健康の神、

 

  伊邪那岐神 いざなぎのかみ

  伊邪那美神 いざなみのかみ

  熊野家須御子神 くまのやすみこのかみ

  大物主神 おおものぬしのかみ

  少名彦神 すくなひこのかみ

  加藤民部正命 かとうみんぶのしょうのみこと

  爾志勝仁彦命 にしかつひこのみこと

 

 今は地名だけ残して陸続きになりましたが、新居浜には大島のほかに御代島がありました。そこには古くから御代島神社が祀られ、御代島城主 加藤民部正により篤く崇敬されておりました。

 

 ところが〝天正の陣〟で加藤氏は敗れ、長らくそのままになったのです。昭和になってから、これを憂う加藤氏の末裔 加藤芳光氏が滝の宮で御祭神に加藤民部正命、爾志勝仁彦命を合祀し、西瀧神社として再興されました。

 

 平成二十二年、道路拡張により移転を余儀なくされ、総代会の議を経て、同年九月二十三日に宗像神社の境内社となりました。

 

 

●民部神社

 天正の陣で討たれた加藤民部正を、その地で祀られたのが民部神社で庄内町にあります。

 

 民部神社は代々、北西に住まわれている加藤家によって篤く守られています。ほかの武将とともに、この地域を命懸けで守ったことから、今も〝民部さん〟と呼ばれて親しまれています。